虐待対応な一日

と言っても「一時保護のため児童相談所に通告」というような緊急性の高い事案ではなく,関係者によるケース検討会への対応.
新組織(要保護児童対策地域協議会)移行後,初の会議ということもあり,実質的に初の仕切りだったこともあり,非常に疲れた.
虐待対応をしていくと,関係者その他有象無象(失礼)から寄せられるワイドショーまがいの「悲惨な家族」「親による子どもへのむごい仕打ち」「親の男性/女性関係」「借金苦」といった裏づけのない噂あるいは推測をこれでもかこれでもかと聞かされる.それも仕事なのだけど,あまりに情報量が多すぎて,有用な情報の整理が大変.また,どれがこのケースを支援していくのに意味のある情報なのか分からなくなる.
そして,関係者それぞれが持つ情報を総合して,荒んだ家庭状況や当事者の苦しみの様子が像として結ばれると,加害者である親の側に自分がいるのではないか,という思いに強く苛まれる.もちろん,被害者である子どもの精神的・肉体的な痛みを感じないわけではないけれども.同じことは,先月実習で行った知的障害児施設でも感じた(これ以上はこの場では記述することはできない).
そして,加害者である親にも,被害者である子どもにも,自分が何一つ援助などできるものなどない,ということに気付かされ,落ちこむ.また,自分がケースを支援しようという意図で業務・役割からしていることが,もしかすると,その家庭の自律的再生をかえって妨げる機能しか果たしていないのではないかと思い,さらに思い悩む.
何一つ,自分のしていることに自信が持てなくなる.
幸か不幸か,自分の家族を持っていないから,かろうじて加害者にならずに済んでいるのが,唯一の世間への消極的貢献である(爆)