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赤木『若者を見殺しにする国』/森『視点をずらす思考術』

若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か

若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か

 著者はあたしよりちょっとだけ年下だが,いわゆる「団塊ジュニア」として同年代.本書はまだ第2章までしか読み進めていないが,「『丸山眞男』をひっぱたきたい」論文をすでに読んでいることもあって,おおよそ著者の主張がつかめたように思う.
 著者は,経済的基盤があってはじめて生きていると言える,と考えている.そして,バブル崩壊後の「失われた10年」が,著者をして「ただの機械として低賃金の単純労働をこなし続けなければならない」人生を歩ませることとなり,その意味で「私はその時代に人生そのものを奪われたと思っている」と述べている[212].
 著者の主張は,「『丸山眞男』〜」論文への識者の「応答」,特に佐高信のそれへの反論に象徴されていると思う.佐高の「『何も持っていない』私というが,いのちは持っているのである」という言葉に対し,

私が欲しい,そしてすべての人がごく当たり前の尊厳として得るべきなのは,「人間としての『命』」であり,ただ心臓が動いているだけの「いのち」などではないはずだ.[212-213]

ときっぱり言う.著者個人は,おそらく本書の上梓でいくばくかの収入があるだろうと思われるが,それはともかく,著者が「私」として代弁するいわゆるプレカリアートにとって「生きてりゃ儲けもの」みたいなきれいごとは「欺瞞だ」と断じられても仕方ないと思う.「いのちは持っている」「生きてるだけでいいじゃないか」というのは,中流くらいの生活がある二者間にしか成立しない,そのことを頭に入れておかなければならないと思った.
 著者の主張に共感することは多いのだけど,著者はたぶんあたしのような同年代を「仲間」とは見なさないだろうなぁ,と思う.だけど,あたしは,自分の年代は数が多いだけに「老人ホームの入所まで競争かも知れん」と10代末に友人と話したことを覚えているし,世の中の羽振りがいい時期にすべて乗り遅れたことにやりきれなさを感じている.そういう世代なのだと諦めるほかないと思っている…あ,ここで諦めたら「仲間」にはなれないか….
 ただ,社会───主として労働環境だが───の流動性を創出するためには,本当に戦争とか革命とか,そんな手段しかないのだろうか?そもそも,どうして日本は,経済問題を経済政策で解消しようとする努力がないのだろうか?経済問題を社会政策で補充していく手法は,誰の目にも限界であることが明らかなのに.

視点をずらす思考術 (講談社現代新書 1930)

視点をずらす思考術 (講談社現代新書 1930)

 こちらの著者の立ち位置も,どちらかと言えば上述書の著者と近いところにあると思う.こちらの著者の方が攻撃性があまりないという違いはある.
 雑誌・書籍掲載の文章の集成であるので,どこでも切りのいいところで読むのを止められる.あたしは一気に読んでしまったのだけど.
 冒頭で,子どもの頃から周囲に同調「できなかった」著者の,一貫した多数派・権力(メディアを含む)への懐疑.感想は書かない.安易に「共感した」とか書いても「お前の共感は上っ面だけで,本当は少数派であることに耐えられない臆病者のくせに」と言われるのがなんとなくかなしいので….