「ヨコハマメリー」

 ドキュメンタリー.
 横浜・伊勢佐木町に何十年と立って客待ちをしていた街娼・ヨコハマメリーについてのドキュメンタリー.メリーに縁のあった人たちの証言集の形で映像化されている.
 序盤は,メリーを目撃した人たちの「噂が噂を呼ぶ」類の,ほとんど流言蜚語に近い証言から始まり,徐々にメリーと直接接点を持った人たちの回想に移っていく.団鬼六だったり広岡敬一(風俗ライター)だったり伍代路子(彼女はメリーがモデルとなっている一人舞台「横浜ローザ」を演じ続けている)が出てきて,それら有名人の証言を含めて,メリーという存在の行動が明らかになる.だが,ちっとも,観ている側からは「メリーとはどういう人なのか」現代思想っぽく言えば「メリーとは誰か」ということがど真ん中のストレートでは放られてこない.
 客を取るためかどうかも分からないが,伊勢佐木町の通りに立つメリー/立っていないところのメリーが交友のあった人たちの語りにより断片的に見えてくる.
 「皇后陛下」「キンキラさん」とも呼ばれたメリーは,往時は横須賀の,後に横浜で客を取る米兵専門──それも将校専門の街娼だったという.今で言う「都市伝説」のキャストに仕立て上げられた頃のメリーは,思うに白粉で塗り込められた異形の存在だっただろう.山崎洋子がその白粉を「仮面」と評していたが,そのペルソナをまとって街頭に立ち続けた彼女は,一体雑踏の何から自分を拒絶し,街の喧騒のなかになにを求めていたのか,このことには最後まで答えが出ない.
 関わりのあった人への言行あるいは手紙からは,几帳面で達筆であり,上品な彼女の一面が見受けられるが,結局は分からないことだらけだ.
 そもそも,一人の人間をなんの直接的な関わりもなく分かろうとするだなんて,おこがましいにもほどがあるのだ,と思うのだがやはり知りたくなる存在である.
 余談になるが2つ.1つは,1年ほど前に,横浜の黄金町のマンションを買わないかという営業があたしの元に来たことがあるのを,これを観て思いだした.北の寒村に青息吐息で暮らしていてなにが「資産形成」だ,と一蹴したのだが(それでも営業マンの話は真摯に聴いた),時期になれば川の両岸に桜が咲き誇るこの街になにか足がかりを残してもよかったかなぁと思う(もちろん金はないが).もう1つは,子どもの頃よく観ていた「カックラキン大放送」のエンディング曲が「哀しみのソレアード」という曲で「千の風になって」に似ているということで一部で物議を醸しているということ.
 メリーはいまなお健在なのか?メリーと関わった人の何人かは故人となった.