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「六代目三遊亭圓楽襲名披露落語会」@帯広市民文化ホール

 短信で.

楽大「穴子でからぬけ」
前説から開口一番,その後も場内アナウンスも含めて前座のお勤めだった.噺でもアナウンスでもやや噛むところがあったが,声はいい.
小朝「夢八」
師匠の高座ってちゃんと聴いたの初めてだった.根多も上方のもののようでお初.腸カメラ初体験レポートのマクラで会場を爆笑させて,孤独死ネタを振りつつ本題へ.人物の演じ方が並じゃない.さしてくすぐりどころのある話ではないが,しぐさの一つひとつで爆笑をとっていた.
歌丸「つる」
これまた初めて聴く師匠には,お門違いかもしれないが勝手に廓物を期待していたのだが,軽めな根問物.あたしにとってはちょっとハズレ感が否めなかったけど,地方在住者にとっての落語家の象徴なんだろうなぁ,と会場の反応をみて思った.先々月?の入院騒動からだいぶ回復されているようでなによりだった.
お仲入り
 
六代目圓楽襲名披露口上 歌丸・小朝・王楽
小朝師匠が両手を猫の手に突き出して「ニャー」とやって会場をつかんだのを,歌丸師匠もかぶせる.小朝師匠からのアンコールもあって会場は大爆笑.歌丸師匠のご発声で三本締めができたのが得がたい経験となるだろうなぁ.
王楽「鈴ヶ森」
ネタも師匠の高座も初めてだったが,テンポが良くてうまい.
圓楽「浜野矩随」
予想はしていた先代の十八番.矩随の母が覚悟の自死から間一髪救われるというくだりで「?」と思った.マクラで「今回の披露興行は先代への追善興行のような心境でもある」と語られていたので,いろいろ思うところあっての改変かもしれない.噺の中の矩随と偉大な父,当代・先代との関係の相似性も,深読みしたくなる要素.何か,当代にとって乗り越えるべき壁としてこの根多があるようにも思え,ゆえに当代なりの作り込みをしているのは感じられるが,人物のモノローグ部のバランスがあまり良くないと感じた.僭越ながら,矩随の母が亡き夫にあんなに語りかけるのは違和感がある.逆に,矩随は渾身の観音様をものにするまで「下手くそな二代目」という世間の評価があるだけで,若狭屋に「死んじまえ」とまで徹底的に罵倒されるまでほとんど何も考えていない人物のように見えてしまった.苦悩が見えないように思われた.とはいえ師匠自身,サゲのあとに,まだまだこれから作りこんで行く必要がある,という所信表明めいた言葉もあったから,六代目の「浜野」がどう変わっていくかという楽しみも出てくるだろう.

 個人的には声をあげて笑うところはなかったのだけれど,久しぶりに噺の世界は堪能できた.
 なお,前日の札幌での興行の様子はこちら:http://blogs.yahoo.co.jp/pupil0906/61313515.html