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事務屋と技術屋の会議感覚の違い

明日,町内の小学校教諭や保健所の保健師,主任児童委員を集めて虐待を受けた子どもに対する支援検討の会議を開く.で,ボキは一応事務局で会議の進行を仰せつかった(つーか,主担当は漏れということで,主査クラスが手出ししてくれないんだよ…)ので,どのように会議を進めるか思案中.

で,今回の会議招集に積極的だったのは,同僚の保健師なのだけど「とにかく実務者が情報交換する場が必要だ」ということの一辺倒なわけ.事務屋のワシとしては,会議を開く限りは,参加者が実際に自らの関わる部分でどういった役割を担うないし担えるかを相互了解できて一応の終わり,と考えていた.

ケースとして取り上げる児童については,今のところ学校生活特に授業についていけないという問題があるようだが,虐待に起因する問題行動等は話を聞く限りない模様.また,現在この児童は祖父母の家で生活しているのだけれども,家庭でも特に目立った行動はないらしい.

たしかに関係者が集まって互いに子どもの様子を話し合うことの効用は分かる.しかし,事務屋としては,自分に援助技術があるわけじゃなし,そこでやり取りされる意見から具体的にどういったケアが必要となってくるのかをできる限りすくい上げ,それぞれを調整するのが役割と考えるので,どうもこの会議がただ集まって,まぁ情報交換するものの最終的には「みなさんで見守りを継続していきましょう」で終わっちゃう公算が高いような気がしてつらい(上述の状況では).どこからか「で,会議の結果ってそれだけ?」なんて言われたら氷結するぞ….

保健師業界では「カンファレンス」とか銘打ってこの種の会議をよくやるみたいだけど,事務屋さんにはない会議感覚だなぁと思う.でも,いろいろ聞いていくとこの種の会議の狙いは会議の場での問題ハケーンということがポイントのようだ.事務屋の会議はまとめにゃならんというプレッシャーが常にあるので,この種の会議の仕切りを重ねることでその感覚(暗黙知とはちがうのか?)が身についていくんだろうなとは思う.

でも,つらいわ….