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神経難病

プチ打ち上げの開催場所(行きつけの居酒屋)のママと話していて,ママの親族のパーキンソンでなくなった兄弟(と介護する家族)の話を聴く.
パーキンソンについてはよく分からないのだが,神経難病を抱える当事者及び家族(の近親者)の話はとにかくこたえる.現代医学では延命治療しかなく,日を追う毎に死=静止に向かう患者とその家族との生活.第三者として「大変ですよね」「気の毒ですよね」とはおいそれと口になんかできない.いくら患者の感じる目線や感覚に寄り沿おうとしたって,「痛み」(それは疾患を持つ当人及びそれを支える家族が感じるもの)は分からない.第三者はそのとおり「第三者」としてあり続けねばならない(というかそれを余儀なくされる).
ただ,不謹慎な仮定と叱責されるのを甘んじれば「もし自分がそうした病気になったら」を考えると,沈黙を続けることの方がよりつらい.非常に不遜なものの考え方だとの非難を承知の上で言えば,私は神経難病の人たちの話を聞いて,自分や自分の周囲の人間の「死」を考えずにいられない.酔いで回らない頭で「死」を思わずにいられない.答えなんか出やしないが….