それは「差別」とは言わない,と思う

担当としている補助先の団体が主催となる,アイヌのみなさんのお祭りのお手伝い.
2年目.
「お手伝い」といっても右手ギプス固定なので,ほとんど満足な仕事もできず,ともに参加した上司にオレ以上に働いていただいて,2人工にやや欠けるくらいの補助元スタッフ陣だった.
前夜祭・本祭と2日間にわたり行われる.
両日とも「カムイノミ」と呼ばれる,祖先や自然を神としてそれらへの祭祀を行い,カムイへ舞踊・音楽を捧げ,その後,飲めや歌えの「お祭り」となる.
昨年は,地元アイヌというか主催者側が足りず,オレが民族衣装を着て「アイヌもどき」として一連の儀式に参加したが,今年は,昨年まで祭主を務めたエカシ(長老)に代わり,後継者となるべく昨年は祭礼に参加していなかった若手(と言っても50代だが)が祭主となって祭礼を執り行い,オレはなぜか「首長専用」のアイヌ独特の刺繍を施した半纏を着て客分側にまわり,他地区のアイヌの方とともにノミに参加.
一年経ってるから相当作法を忘れて失礼なことになるかな,と思ったが「ヨーマリクル」(意味が分からないが,合図である)の声とともに,体が自然に動いていた.左から右へ両の手のひらを摺り合わせること3回,これを終えると両腕を前に出して両の手のひらで気をつかんで引き寄せ,体に取り込むような動作を左・右・中央と行う.終わると,「チセ」と呼ばれる茅葺きの家の中に静寂が訪れ,自分の周りの空気が浄められていくような感覚になる.
…書きたいことはこのことではなく,また,オレは田口ランディではないので,これ以上書くのは止めておく.
初日の日程が終了し,主催側と奉納芸能等を披露していただいた他地区のウタリ協会,カムイトウポポ保存会の方々とともに懇親会.事前に「今日はゆっくり飲もうね」と新しい祭主に誘われていたので,「大丈夫です.今年もここに泊めさせてもらいますから」と覚悟を決め,飲み始める.
別に飲むのがイヤではないのだが,みんな強いのだ….そして,酔いが回り,いろいろな偶然が重なると「やくしょは…!」「オレたちアイヌを…!」というお怒りの言葉が飛び交って,いくら彼らにシンパシーを感じたところで所詮はシャモ(和人)・こやくにんのオレがいたたまれない状況に置かれることになる.いつもどおり酔っていてはダメ,という意味での覚悟である.
客たちが徐々に減っていき,雑魚寝場所を兼ねた会場には,床に付く人も出てきたため,まだ飲むのを止めないメンバー6,7人は場所を変えて飲むことに.
話題は「自分が受けた差別について」という話になる.

  • コンビニに行って,バイトの女の子から手のひらに釣り銭を落とすように渡されたこと(毛深さを見てバカにしたような態度を取ったのだろうと,その店の店長を呼びつけ怒鳴り付けたとのこと*1
  • スナックなどでカラオケをやっていると,チンピラに唄っているところを邪魔されたこと

など.
そんな中,車座の中で最年少(オレより4,5才下)で,最初から瓶ビールをラッパ飲みしていたアイヌの青年が,口を開いた.彼は,「クーリムセ」という弓矢を使ったアイヌの舞踊を披露するために来ていた.
「今日,アイヌのお祭りがここ以外にも北見であったんだ.で,保存会のメンバーは二手に分かれて発表に行ってる.今の保存会の会長は,踊りの上手下手でメンバーの行き先を決めるんだ.で,上手い人たちは,北見に行って今頃,打ち上げしていると思う.オレは,こっちに来てるから下手ということなんだと思う.いや,自分でも下手だと思うよ.でも,上手いとか下手とかなんて,どうでもいいことじゃねぇの.オレは踊るのが好きだし,ここに来て,一緒に祭りを楽しめる人たちのところで自分の精いっぱいの踊りを見せたいし,だから,明日はやるよ」
彼の言葉に,周りのウタリ(同胞)たちは「オレ,お前のそういう気持ちが好きだし,間違ってないと思うよ」と声をかけた.オレも同感だった.
そうした周囲の言葉の後に,彼はシャモのオレに「アイヌの中にもそういう『差別』があるんですよ」と語った.
その場は,「そうか…」というサインでうなずいていたものの,内心「それは違うよな」と思っていたオレだった.
自分が最下層レベルでトランペット吹きをしているから分かる気がするのだが,例えば吹奏楽で高校生が「普門館で吹きたい!」と思っても,吹ける人たちは一握りである.また,例えば一つのバンドでも,メンバーが200人いて,50人編成で2曲しか演奏できない,という条件なら,少なくとも半分のメンバーは1曲もステージで吹くことはできない.そこにあるのは,評価者が誰かという問題はあるものの,基準はその評価者が感じる優劣である.
上述した,ウタリの人たちが「差別」と受け取ったエピソードは,少なくとも差別的扱いを受け取った側が,差別者が「彼/彼女はアイヌだ」という何らかの表徴を感じ取って自分たちに侮蔑的行為を仕掛けてきたのだ,という理解はできる.そして,そのことが「民族の違い」という「だけ」の「不合理な扱い」だから「差別」だ,という言い分は肯んずるところがある.
でも,青年の話したエピソードは,少なくも同じ民族内での技芸の優劣である.こういうことは,シャモ同士でだってあることだ.仮にオレが,サイモン・ラトル率いるベルリン・フィルで演奏したいと思っても絶対できないのと同じこと.いや,これだとまた人種の違いが言えるか.N響メンバーとして,アシュケナージ指揮で演奏できないのと同じ*2
北見でチャンネー侍らかして飲みたきゃ,評価者に認められる技芸を作ればいいだけのこと,なんだよと言うべきだったのかもしれない*3.ただ,彼の言った「オレは踊るのが好きなんだ」と,彼が感じるところの「差別」に遭おうがオレは腐らないよ,というその心意気やよし,と思う.オレだって,下手なのは自他ともに認めるところでも,それでも臆面もなく吹くのは,楽しいからだ.その点に,違いはないと思う.
ちなみに,翌日上司にこの話をして「この一件をもって彼は『同胞内で差別がある』というんですよね」と言うと,「いや,そんなの差別じゃないって.ああいう踊りを見慣れないオレらにしてみたら,上手いとか下手とかなんて分かりませんから」と答えられ「それもまた違いますよね…」と思いつつ閉口したのだった.
余談だが,こういう被「差別」感と例えば「環境型セクハラ」に似たような感受性の枠組みがあるやに思うが,うまく論じることができない.
も一つ余談.今年は,例年参加していただいている阿寒のエカシである秋辺さんという方にアイヌ語の名前を付けてもらおうと思ったのだけど,隣に寝てたのに話の糸口が見つけられず,言葉を交わすこともなく彼は帰ってしまった.昨年は「暑い,暑い」と言いながら,傍らに生えていた蕗を引き抜き,葉の上部の虫や埃を払っていきなり頭の上に乗せて日除けとするパフォーマンスを見せつけられ,度胆を抜かれた.今年は,会場にキーボードを持ちこまれ作曲活動を目撃.ところが,「知床旅情」を弾いても自作の曲を弾いてもメロディ以外の和声部はD-E-D-Eの連続で,ハーモニーになっていない.そういうお茶目な印象を与えつつも,圧倒的なまでに「これがエカシ」と思わずに入られない「アイヌ・ネノアン・アイヌ」(アイヌの中のアイヌ)なのだ.来年こそ*4
(20050713記す)

*1:最近はファーストフードで,釣り銭を落とさないようにか出した手のひらにきっちり&そっとおつりを置かれることがある.これはこれでなんか変な気分だ.

*2:ラトルもアシュケナージも特に好きじゃないが

*3:オレも年を取ったので,「ただ純粋に踊りが好きなんだ」という表明を額面どおり受け止められないのがイヤだとは思うが.

*4:「ウェン・アイヌ」(「悪い人間」),あるいは「ウェン・アイヌのなかのウェン・アイヌ」と言われるかも.そういえば,アイヌ語で「ダメ」は何と呼ぶのか.