読了:中島美代子『らも:中島らもとの三十五年』

 2004年7月26日に亡くなった,中島らもの未亡人による夫・中島らもについての書き下ろし.

らも 中島らもとの三十五年

らも 中島らもとの三十五年

 最後まで読み通すと,全体としては中島らもという異才を,彼の周辺にいた人々を含めて慈しみ愛した35年の軌跡のように読めるが,細部を見ていくと,中島らもの妻としての意地やプライドが断片的に現れているように思える.赤裸々と言えば赤裸々な内容で,中島らもが先に鬼籍には入らなければ,当たり前のことかもしれないが,本書のような「妻の回顧録」を世間は目にすることがなかっただろう.
 20代後半の『バンド・オブ・ザ・ナイト』時代,夫である中島らもから「友人と寝るよう」に言われ,戸惑いつつも受け入れスワッピングまがいのものも含む浮気関係をお互いが続けていた,という告白には軽い衝撃を受けた.もっとも,中島らもにしてみれば自らの行為の後ろめたさを妻にもさせることでやり過ごそうとしていたのかもしれない.妻へ自分への愛の過信(彼が死んだ今,それは確信であったとも言える)や自らの妻への愛の自信もあったかもしれない.
 それよりももっと,読んでいて心動かされたのは,中島と著者である妻,そして中島の愛人であった「ふっこ」ことわかぎゑふとの三角関係である.中島は二人の女を愛し,二人は中島らもという一人の男を愛したが,著者はふっこに語りかけるように,

人は人を独り占めすることなんてできないよ.
[153]

と書き,互いの中島との出会いの順序,それがもたらした喜びと(著者が推測するふっこの)悲しみを本編で何度か書き綴っている.また,晩年の中島がふっことの同棲生活を解消して妻の元へ戻り,薬の副作用による強度の視力障害等に苛まれながらも,妻である著者が口述筆記によって作品化していくといった二度目の(不幸なようで)幸福な夫婦生活が記されているのを読み,著者がまるで「それでも私がらもの妻で唯一の相手なのよ」とふっこに言っているようにも読み取れてなにかしら空恐ろしい感じを受けたりもした.
 とにもかくにも,こうした伴侶を持つことができた当の中島らもは,紋切り型ではあるが男冥利に尽きるといえるし,幸福のうちに西方へと旅立って行ったのだと言えるのだろう.