「教えてちゃん」にも困ったものだ…

かれこれ1年以上(いや2年以上だったか)メールのやり取りをしている女子高生がいるのだけれど、ここ最近は定期試験とかレポート提出直前(通信制高校の生徒なので)にお勉強に関する質問ばかり。

漏れもはいすくーる・すちゅーでんとだった時代から暦も一回りしましたからねぇ、即答できかねるご質問ばかりで…。加えて、数学だと「ド・モアブルの定理」とかそんな複素平面の基礎みたいなもんは漏れの時代のカリキュラムにはなかったのだよん(またなくなるみたいだけど)。

んで、趣味の世界ともかぶるので、今の高校生が使う参考書を買って、調べてお答えするのだが、かのぢょの聞きたいことってつまりは「正解」そのものでしかない。まぁ、当たり前っちゃぁ当たり前なのですが。

学校でおべんきょうしていることが、今後のキャリアや自分の思う将来像に何の影響も与えない(だろう)、と考える人がいても当然で、とりあえずはカッコイイ成績で高校卒業という資格をゲットすることの方が大事、ちうのは分かる。

だけど、それじゃあ苦行がホントにただの苦行でしかなくってもったいないと思うのが1つ。もう1つは、かのぢょ(彼)のご期待に沿うようにやると、こちらばかりが本来踏まなければならない正統なおべんきょうの手続きを取ることになり「(教える側の)私は勉強しました」けど本来おべんきょうせなあかん子どもらは?つーことになりませんかねぇ。

別に教育者じゃないので考慮しなくていいことかぁ。ただし、教えてる側には「健忘を食い止める」という効用あり。